もう何十年も前から日本にはエンジニアリング産業と言われる明確な産業分野があると聞いている。弊社はその産業分野に所属する「エンジニアリング専業会社」である。
だがしかし・・・“あなたの職業はどのような分野ですか”とアンケートや申込書で聞かれても、エンジニアリング産業、と言う答えは用意されていない。学生の就職先は製造業か非製造業かではっきりと分類されている。弊社エンジニアリング会社は何処にも分類されない。何処にも存在していない。社会の影に隠れている。どおりでちょっと変な人が会社には多いのか。
製油所を建設したからエネルギー産業かと言われても、弊社はエネルギーを生産していない。機械産業でしょと言われても、弊社は製造業ではないから工場を持っていない。会社に行くと、契約書と技術文書のキャビネットだけ。他人の作ったものを寄せ集めて組みたてているだけ、と悪口も聞く。世の中は厳しい。
実際は、石油やガスのプラントの設計仕様書(Engineering)を作り、子会社が図面に置き換え、必要な機器調達文書(Procurement)を作り、世界各地から調達して現場に運び込む、と言うのがエンジニアリング会社の主要な仕事。それが終わると、砂漠とか海岸とか密林とか、家族から離れて、テロや交通事故や伝染病ばかり、人が行きたがらないところに行ってプラントの建設(Construction)の監督をしている。実際には泥仕事はやっていないが、やっぱり最後は性能保証をするから、石油やガスの「プラント建設会社」というのが一番実態に合っている。さすが日本人の感覚を掴んだ言葉だ。英語でも昔はこのように言っていたのだろう。「エンジニアリング会社」は実態を反映していない。
だから最近欧米では、中近東も含めて、石油やガスのプラント建設会社と言えばEPCContractorと呼んでいる。E はEngineering(設計)、PはProcurement(調達)、CはConstruction(建設)。中近東諸国で何千億円の石油やガスのプラントの商談をしていると言うと、すごい会社なんだと嘘みたいに驚く。欧米人は高邁なイメージを抱かずにはいられない。A beautiful job has been done by EPC Contractor. 日本でもこんな言い方が通用するようになった。「エンジニアリング会社」、略して「エンジ会社」なんてもう古い。
新しいところでは、FEEDContractorと言う商売もある。つまりプラントの建設など、そんな力仕事はしないで、プラント建設の前の基本設計だけしかやらない会社。こちらは専門知識を集約する仕事。様々な分野の技術から構成されているプラントの専門技師の労働時間数で契約する。最近はProjectManagementContractorと言うビジネスも出てきたようだ。ProjectをManageする。設計図面を作成させ、機器を調達し、現場まで運び込み、組み立て試運転し、納期通りに完成させることを、横浜とかパリとかヒューストンから、サテライト経由のパソコンで監視している。こちらも泥臭い仕事はしない。砂漠、海岸、密林などには行きたくない若い技師には人気がある。
何か事件があると“あの有名なエリート技術者集団の企業”とくる。朝から晩まで欧米人やアラブ人を相手に英語やフランス語で仕事をしていると書かれる。どの会社にも表と裏があるから仕方がない。わざと持ち上げて嘲笑する。で、これを真似て「国境なき技術団」(注:国境なき技師団と混同せぬように)という気の利いたような宣伝文を作った。現代的でスマートのつもり。これに至っては産業分野などどうでもいい。もうぐちゃぐちゃ言わないで国境を越えて先に進め、と言う訳だ。
フランスでは Bureau d’Etude ですか、と学生風の人から電話が掛ってくる。いいえ Societe d’Ingenierie、Engineering Company、EPCContractorです、とわざとすべての呼称を並べる。相手は、えっと絶句する。だって統計局INSEEの分類に従うとBureau d’Etudeとなっているではないか、と突っかかってくる。違います、統計局の間違えです、統計局が古いのです、と言って電話を切る。世間には隠れた会社がある。それを知らない学生と話をしないほうが良い。フランスの同業会社Technipは EPCContractorと言って迷いはない。統計より実際が先に進む。
それでは一体ぜんたい弊社は「エンジニアリング会社」のままでよいのか、いまだもってすっきりしない。やっぱり日本では一番実態に近い「プラント建設会社」にして置くか・・・英語ならIndustrial Plant Construction Company、フランス語ならSociete de Construction d’Installations Industrielles と今度学生から電話があったときわざと訂正しようか・・・いやいやこれでは颯爽としていない。ますます野暮ったい。「エンジニアリング会社」を止めてEPCContractorにしたら。「エンジニアリング産業」も止めたら。最近はスマートグリッド、太陽熱プラント、海水淡水化プラントなんて言うことも始めたし。EPCContractorと呼ぶことにしようと喜んだら、日本語では「契約請負業者」と厳然として何十年前と同じ。本当に?伝統?時代錯誤ではないか・・・真面目に答えてくれと叫びたくなる。もう何でも出来る「日揮」と言うことで納得してください、と学生に無闇にお願いするほかないか・・・理論好みのフランス人学生が軽蔑しているのが判る。こっちが至らないから腹もたつ。なんだか頭が混乱して来た。もうどうでもいい。今季受注目標が達成できれば。
こうしてまた柔軟に時代を先取りして生きて行くのだろう。これこそ「エンジニアリング会社」の本質なのだ。