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石庭にサボテン庭とかけて何と解く?/井上美恵子建築事務所

十数年前のある日、デファンスにあるE社本社のディレクターと称する男性から電話があった。
「日本大使館から、貴女は日本の建築家だと聞いたので・・・ 実は、わが社の二十一階にあるパシオ(中庭)をメキシコ風サボテン庭にするつもりで計画していたのだが、最近、日本の石庭でも良いのではないかと迷ってい るので・・・明日15時に相談に来てくれないだろうか。場所は秘書嬢に聞いてくれたまえ。」 早口で押しつけがましく注文を出し終わると、そのディレクター氏、すでに他の電話に出ている様子。
「日本風」か「メキシコ風」とは何だ!! 「石庭でも」とは何だ!
何であの素晴らしい竜安寺の石庭の幽玄なたたずまいと、灼熱の太陽の下でわずかに岩にしがみ付いている砂漠のサボテンといっしょにするのか? どっちも石と砂だけで「手入れ不必要」という発想か!! 天下のE社のディレクター(何のディレクターか知らないけれど)にして、その判断基準の単純さ!! その地位から言ってグラン・ゼコールぐらいは出ていると思うのだが、その人にして日本庭園に関してはこの程度の教養?
彼の知識にはちょっとガッカリだけれど、日本の庭を造らせるべく説得することには興味がある。受けて立とうと決心する。 と、思ったものの正直言って日本庭園に関する知識をどれだけ上手に説明できるか、ちょっと心もとない。
日本の伝統、禅の心、日本人の生活における様式美、石や白砂などの素材を使いこなす技術。「虚と実」の表現。エトセトラ・・・一つに石庭と言われたって竜 安寺の白く輝く人工の石庭、銀閣寺のあの超モダンな円錐形の銀沙灘と背景の深い緑との対比、或いは枯れ山水、エトセトラ、エトセトラ・・・ 考えれば考えるほど難しい。

 

翌日、デファンスに遠征してE社の受付でバッジをもらい例のディレクタ―に会う。長身、ハンサム、趣味の良いネクタイ、細い銀縁眼鏡。いかにも頭の回転の速そうな人物。セカセカと早口に話すのが玉にキズ。
そこで、二ヶ月前奥方同伴で日本に出張した折、京都の寺詣での話が出る。リョーアン寺のジャルダン・ド・ピエールが素晴らしかったこと。あの石庭は一つの 宇宙を表現しているのだって?それにこの庭の五つの石群は一人一人の見方によりいろいろに解釈できるのだというナゾ解き!! 何と素晴らしい!! とそのインテリ氏。
なあーんだ、彼、良く分かっているんじゃないか。これなら話が早い。それにしてもなぜメキシコのサボテンに執着するのか?質問をしようと身構えた時、次の 約束があるのか秘書嬢が迎えにやって来て、一緒にセカセカと立ち去ってしまう。ディレクターが紹介してくれた営繕課の若い係長に従って二十一階に上がり、 そのナゾが解けた。
エレベーターを降りて薄暗い廊下を抜けると、五メーターほどの吹き抜けになった、そんなに広くないフロアから眩しい白い光が目に飛び込んでくる。
ピラミッド形のガラス屋根で覆われたこのフロアの天井の外には、高いビルとビルにはさまれてテラスがあるらしい。見上げると、殺風景なアルミサッシのガラ ス窓のファサードに囲まれて四角に切り取られた九月の爽やかな青空が覗いている。床は三十坪くらいの柔らかい色合いの樫のフローリング。 将来の植え込みを予想して中央に二十坪ほどの横長の浅い堀がつくってある。ただしこの堀の底は剥き出しのコンクリート。そして、その堀を渡って反対側の廊 下にぬけるように同じくフローリングを張った木の橋が掛かっている。橋は真中で少しだけ持ちあがっていてちょっと日本調。これだけは何とも感じが良い。と ころが、上からまともに差し込んでくる日光のせいかやたら暑い。その上、空気がカラカラに乾燥している。こんな空間ではリョーアン寺のジャルダン・ド・ピ エールの「幽玄の境地」を造るなんてとてもではないができっこない。小島群と大海につきだした半島を土盛りで表現して、白砂や玉砂利で海原を造る。小島は 苔むして枝振りの良い松の木など2・3本・・・などと妄想に浸っていると係長の声が聞こえてきた。
「・・・という訳でこのフロアに水道を引くことは不可能ですし、その上、排水管をつけるとなると膨大な費用が掛かることが分かったのです・・・だからディ レクターは最初、水気のいらないサボテンの庭を造るつもりでおられたのです。ところがこの間日本に行かれて同じくらい水のいらない日本庭園、つまり石の庭 の方が上品ではないかと考えられたわけですよ。それに奥様がとても日本の庭を気に入られて・・・」
つまり、二十坪近いこの庭の予定地には排水溝もないし、水を撒く蛇口もない。だから灼熱のサボテン庭なのだ!! それにしても奥方か誰か知らないけれど、個人の気分でそんなに簡単に計画を変えられたのではたまったものではない。
「ジャルダン・ド・ピエールをそんなに安易に解釈してもらっては困るのよ。もっと奥が深いのよ。第一、考えてもごらんなさい! 砂利を敷いて大きな石ころを二つ三つ置いたところで、休憩時間に皆がタバコの吸殻を落としてゆくのが落ちなんだから!!・・・ とにかくディレクターを説得して蛇口二ヶ所、排水口三ヶ所、それに何と言う機械だったかしら、上から霧のような湿気を撒けるような装置もつけてもらってちょうだい・・・ とにかく来週図面を持って説明に上がります。よろしくお伝えください。」
困ったような顔の係長を置き去りにしてさっさと引き上げる。憤懣やるかたなし。

 

次の日さっそく例のディレクター氏から電話があった。
「・・・マドモワゼル、貴女の話しは聞きましたよ。つまりあそこは空気が乾燥しきっているし、ビル工事の最初から給水も排水口も計画に入っていなかったので、なるべく「水」のいらないミネラルな空間にしようと思ったのだが・・・
同僚に話したらやはり日本庭園の方が見栄えが良いという意見が多くて・・・ ただ、昨日配管工事見積を取ってもらったらとてもお金が掛かりそうで・・・ でも、まぁ何とかしましょう。」
まだちょっと歯切れが悪いけれど、彼の口調も和らいで来たし、良い予感がする。

 

周りの通路を除いて、橋を挟んで左右に十坪ずつに分かれた二つで二十坪くらいの場所に限りなく日本庭園に近い庭を出現させるとなると、リョーアン寺のジャ ルダン・ド・ピエールを模倣したところで禅の魂が入るわけでは無し。周りがコンクリートのペンキ仕上げとアルミサッシのガラス窓じゃぁ庭の借景と洒落るわ けにもいかない。湿気がないので草木を植えることも期待できず、苔むした岩なんて夢の夢。石組みのできるようなカッコウの良い石がみつかるかどうか。しか し、何とか日本の美しい自然を精神的な縮尺で表現してみたい。視線の高さを変えた、抽象的な自然を描いてみたい。せめて竜安寺の天才的庭師、中尾相阿弥に あやかって石庭の手水鉢に彫られた「吾れ唯足るを知る」、つまり「何かが足りなくとも、それで満足することが大切である」の精神で行こうと決心する。
まず、左手の隅の少し暗い所に厚く土盛りをして鬱蒼とした竹林を作る。竹は根が深く張ることがないから七十センチくらいの土盛りで良いだろう。ここを深山 と見なして、林の暗がりから流れ出た細い急流(白い細かな玉砂利)は盛り土の斜面に沿って、細かな玉石になって岩にぶつかりながら駆け下りて行く。ゴツゴ ツした三つの石の石組み。石は高さ五十センチもあれば良い。広がった盛り土の裾には少し大きめの黒白混合の玉石を配置して川原のつもり。ザワザワと音をた てながら川に流れこんだ急流は、橋の下でゆっくりとした白い玉砂利の河になり、大海に注ぎこむ。櫛目の美しい白砂が表現する波のうねり。海原には緑(日本 の苔は不可能。細かい葉の草で代行か)にびっしり被われた島々。枝振りの良い姫松が海に影を映している…!!
次の週、ディレクター氏の広々とした応接室でプロジェクトの説明。「深山から湧き出した細い流れが、水足の速い川となって岩の間を駆け巡り、河になり、大河となって海に注ぐ、という情景をこのデファンスのビルの中で演出したい・・・」 と、自分でも気恥ずかしいくらい雄弁?大げさ?に大芝居を打つ。黙って聞いていたディレクター氏。「OK。可能な限り協力しましょう。」
あっけない最後。ホッとする。でもこれからが大変。
事務所に戻ると、知っている限りの造園業者、庭師に電話をしまくり、やっと友人の紹介で日本庭園をやったことがあるという造園屋に突き当たる。2・3日してその庭師とデファンスの現場に行くと、「貴女の希望通り」配管工事が始まっている。とてもラッキー。

 

次の日またディレクター氏から電話。石組に使えるような大きな石が幾つも出てきたからクレーン付きのトラックを持って取りにくるようにとのこと。石は二百 から五百キロ級とか。とりあえず庭師のトラックで駆けつける。パリから一時間あまり。ノルマンディの入り口近い街でE会社の研究所の工事が始まっているら しく、あちこち土が掘りかえされ巨大な石灰岩がゴロゴロ放り出されている。その汚い石灰の塊を指で触るとボロボロと崩れてくる。現場監督が出てきて、本社 のディレクター氏の直接指示で「貴女のため」に捨てないで取っておいた石なので幾つでも持っていってください、と言う。エエッこれがお奨めの石?ジョーダ ンじゃない!! 現場監督を見ると、物好きな日本人がこのばかでかい石灰の塊を幾つか持っていってくれれば捨てに行く手間がはぶけて大助かりという表情がアリアリ。つっけ んどんに断るのも悪いと思い「大きすぎるから」などと言い訳して大急ぎでトラックに戻る。
トラックの中から一部始終を見ていた相棒の庭師、笑いをこらえながら「もっとましな石や玉砂利を売っている所に案内しましょう」という。パリを横切って反 対側の高速に乗ること一時間あまり、広大な野外展示場に着く。植木やら、大理石の板やら、白い玉石、大小混じって素敵な色合いの石が無造作に転がしてあ る。何でも日本庭園ブームとかで案外大きな石の需要があるらしい。アルプスの山奥で採れたという紫がかったグレーの花崗岩が気に入ってすぐに選ぶ。高さは 六十センチくらいで上に向かって細長い三角形。少し石英が入っているのかポチポチ光る。あんまり光ると困るのだが石組みの真中に配置して竹林の足もとに置 けば良い。後二つは丸みを持った明るいグレーの石。始めの物より少し小振りで、これも安定感のある三角形。ついでに百キロ袋に入った玉砂利、大小の白い玉 石を三袋。三千フランを出すとお釣りがきた。全く安い。ふとその昔、新潟の実家で祖父がだいじにしていた「佐渡の赤玉」という石が庭先で雨に濡れて、良い 色合いになっていた情景を思い出す。

 

さっそく次の週から仕事に取りかかる。トラックで運んできた肥沃な、いい色の土を何度もエレベーターで運び上げ、図面を見ながら適当な場所に置いてもらう と、夕方には大体の築山の感じが見えてくる。あとは土盛りの厚さをかえたり、深山となるべき山の傾斜を直したり、大海に浮かぶ小島を想像しながら形を整え る。明日は若い職人さん達に山中の竹林となる左の片隅に真竹を植えてもらうことになっている。真竹は三メーターくらいなものを十数本用意しているという。
丸く盛り上がった黒い土の上に植えられていく竹が見たくて、いつもより早起きして現場に急ぐ。横に浅く根を張った若い真竹が手際良く植えられてゆく。少し 離れて目を細め、全体を見渡す。竹の植え込みのある左手の山と右手の三つに連なった小島のバランスがとれてきた。でも、真竹が細いためか竹林のボリューム がいまいち。その事を庭師に言うと、何か考えがあるらしく、「来週までに何とかしましょう」と請け合ってくれた。
数日後現場に行くと、握りこぶしを二つ合わせたほどの太い孟宗竹が数本、真竹の間に植えてある。先の方は周りの竹の高さに合わせてスッパリと切り取られて いるのだが、節々からふさふさした若い枝葉がのび出している。竹と竹が重なり合い鬱蒼として、何となく陰の深い奥山の感じが出てきたように見える。そう悪 くない。一夜漬けで勉強してきた石組みの基本を思い出しながら、三つの石が右流れの三角形になるよう工夫する。
深山のイメージらしきものも出来てきた。孟宗竹の節々から勢い良く伸びだしている枝葉の様子も好ましい。三個の石もアルプスの紫石を中心に、もうずっと以 前からここに座っていたように落ち着き払っている。ゴツゴツした黒白の石で表された涌き水、渓流は卵の大きさの白い玉石となって川になり、さらに小さな白 い玉砂利となって橋の下を潜り、銀色に姿を変え荒い節目の入った波のうねりとなって大海に漂う島々の足元を洗う。これで左側の造園は八割程出来あがった。 後は右側の小島の群を演出すれば良い。
現場を抜け出て庭師とビールを飲みながら最終部分の工事の打合せをする。大海の島々の表面をびっしり被う苔・・・天井に備えてくれるはずの噴霧器?もあま り期待できないので、ポトリックという苔に似た草を植えてもらうことにする。それに熊笹を配置すればなんとかなりそう。レースのような葉を持った繊細な日 本の楓はちょうど良い大きさのものが三本見つかり、すでに手配したとのこと。後は姿の良い姫松があれば良い。「いい考えがある」と庭師が今度も自身ありげ に引き受けてくれたのでホッとする。
次の日現場に行ってみると、例の庭師は弟子に手伝わせて盆栽の鉢から小さい松を引き抜いて土に植え替えている。「どうです?ぴったりでしょう?」と得意顔。「少し値がはったんですけど勉強しますよ。」マイッタ、マイッタ!! と私。もちろん心の中で。
彼の好意はよく分かるけど、これじゃぁ全体との調和が取れていないではないか?小さい方が良いといったって、こんなに縮小された松の木じゃぁ反対側の実物 大の孟宗竹とのバランスが取れやしない。第一、庭全体のスケールが狂ってしまう。何とか庭師の好意に逆らわないように、不満を隠したニコニコ顔で、比較的 大振りの二本を残してミニチュアの松の鉢は止めてもらう。
パシオの隅から全体の風景を目に収めながら、余計な枝を剪定してもらい、草木を植え替え、白い玉石の川のカーブを直してもらう。周りをきれいに掃除して、 後は白砂の表面に波の形を出してもらうだけ。本式の器具があるわけがないので、借り物の熊手で石庭の銀閣寺の銀沙灘を再現しようとするのだがゼンゼン上手 く行かない。ああでもないこうでもないとワイワイ言いながら、弟子、庭師、私と、かわりがわりやって見るのだがどうしても均一な波頭が浮かんでこない。 まぁ何とか線がそろっている小島の浪打ち際の部分を残して、他は全部熊手でサッサとならしてしまう。仕方がない。白砂の波を描くのはこんなに難しいものだ とは思ってみなかった。これで万事終了。ホッとして何気なく後ろを振り向くと、出張から帰ったばかりなのかトランクを手にしたディレクター氏の姿が目に映 る。一週間見ないうちに「貴女の庭」がとてもきれいに出来あがったと大げさに誉めてくれる。「いいえ、一重に貴方と庭師の皆さんのお陰です。」などと日本 人的常套句をモゾモゾ呟きながらやたら日本的スマイルを浮かべている私。 我ながら情けない。
その後二三回、孟宗竹の成長振りを見るためデファンスに遠征したきり、十年近くもE会社を訪ねていない。真竹も、孟宗竹も、楓も、松の木も、元気に育って いるのだろうか。手入れもされずにすっかり枯れ果てて、今ではりっぱなサボテンの庭に取って代わっているのではないか。ふと思い出して例のディレクター氏 に電話してみたけれども数年前に他の会社に栄転されたとのこと。何時かあの庭を訪ねてみようと思いながら未だに実行していない。それにしても月日の経つの は早いもの。

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